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「朝の庭」
安江先生宅のお庭を訪ねて。


茶戸庵の書道教室でお世話になっております、安江先生宅の朝のお庭を訪ねました。
そこは背の高い樹木に山の蔦が絡まる森の小路であり、小鳥たちの楽園であり、
山水画の世界を現前させた景色もあり、秘密の花園でもあり、単なる菜園でもあり・・・、
一歩踏み込めば、「豊饒」というコトバに包み込まれる不思議な空間なのでした。


このごろはすっかり視力も衰えて・・・。
なんて自問自答しながら、足元の草木に近寄れば、
朝露の輝きはキラキラと増して、
クリスマスツリーの中に居るような錯覚を愉しむのも、
「朝の庭」なのです。



草の先端では、可憐な紫の小花も、
朝露にやさしく包み込まれております。
それは束の間の小宇宙のようですが、
ひかりの輝きのとともに、露は地面に吸い込まれ消えてゆきます。






「朝の庭」は百花繚乱。
さらによく観ると、ひとつ一つの花を求めて、虫たちが群がっているのです。
花は光を求め、虫たちは花を求め、なんという賑わいでしょうか。




この【「豊饒」の庭】に、しばし佇むことの幸せ。
すごいなあ。スゴイ庭だなあ。
とひたすら感心しながら実感するのです。
「豊饒」とは、豊かに多い事ですが、
その言葉の持つ意味を、改めて知るのでした。

それは唯単に量的な事ではなく、
一木一草その葉先枝先に宿る光や命。
きわめて多様な世界の中に、
わたしたちは生かされているという事にも気付くのです。

・・・もっと、綺麗にお掃除して置くんだったわ。
安江先生が笑って呟いています。
・・・いえいえ、とんでもございません。素晴らしいです。
と、朝の光の中でおしゃべりしながら、ご夫妻の庭を巡ったのです。
何時か観たさまざまな「庭園」の姿も、ここでは色褪せてゆきます。
「朝の庭」には、今在る事の幸せが満ちているからでしょう。

幸福な暮らしの姿そのものがカタチとなった、安江先生の「豊饒」の庭。
そこは、かの「吾唯足知」の道への入り口を、
実際に実現させている「庭」でもあったのです。



そんな感心に耽っているいとまもなく、ご主人が高い枝先の山葡萄を採り始めました。


すると安江先生も競うように、あちらこちらの枝先の果実を採り始めたのです。


花を愛でるだけでは足りない。
この庭は、菜園でもあり、果樹園でもあることは、しごく当然な事なのでした。
そうして新鮮な葉っぱも摘んで、「朝の庭」は、鑑賞の庭から、収穫の庭へと変貌していたのでした。



これがご夫妻の「朝の庭」での収穫です。



そうして美味しいお茶と濃いコーヒーを頂きました。
庭の果実のジュースと庭の果実のヨーグルト。
庭の幸で造った味噌。これ以上の地産地消はありますまい。

・・・だから、「これってどういう組み合わせなの」とかは、
ぜんぜん感じさせない不思議が、庭の幸のもつ包容力なのだ。
と実感する幸福な「朝の庭」のひとときでした。


すっかり、愉しんでしまって、
・・・既に朝露の消えた花々に送られて、
安江先生宅の「朝の庭」を後にしました。

安江先生ご夫妻ありがとうございました。


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